宇田川の河口(米子市淀江町)で、水鳥達の愛護活動をしています。 注)
県に申請し、許可ずみです。
主な保護対象は、
コブ白鳥のメス(名前はヒミコ)。
アヒルが6羽(メス4羽、オスが2羽)、
アイガモのオス2羽。
そのほかに、エサの乏しい時期に避難してくる鳥たちとしては
カルガモが30羽以上。アオサギ(名前はアオちゃん)。ウミネコが50羽〜200羽。スズメ多数。トンビが2羽。
米子市の東端に位置する淀江町には、
妻木晩田遺跡という弥生時代最大の遺跡があります。
遺跡そのものは、お隣の大山町に半分以上が所属しますが、巨大な遺跡です。
弥生時代というと、有名な"
邪馬台国"論争ですね。奈良と北九州説が拮抗していますが
私は、
邪馬台国は、出雲から北陸までにまたがる日本海側の連邦国家だったと思います。
この日本海・邪馬台国は、北部九州とも連合して、倭のクニを形成していたものと推定されます。
また、卑弥呼女王は、たぶん北部九州の佐賀県あたりに存在した女王国の指導者でしょう。
邪馬台国も北部九州の国々も、支配層は大陸からの植民者でした。
彼ら植民者は、圧倒的な武力と文化で日本の各地を征服し、植民地を拡大してゆきました。
その中で、奈良地方に植民した勢力が台頭し、倭のクニを統一したのでしょう。
また、出雲の儀式が大和政権に引き継がれていて、かなり平和的な政権移譲と推定されます。
邪馬台国の首都は出雲で、妻木晩田そのものは、軍人か交易経済人の都市と思われます。
出雲大社からは、弥生時代の出雲大社の巨大柱が出土し、高さ100m規模の巨大大社と推定されます。
また、妻木晩田遺跡の分布は、狭い範囲に偏りすぎていて、別の巨大遺跡の存在が予想されます。
当時は、温暖化で海面が1〜2m高く、淀江町は水面下に沈み、
淀江干潟といわれた良港でした。
というわけで、ウォーキングがてら、周辺のあやしげな丘を探索している次第です。
候補地としては、
○
壺瓶山の遺跡の下。 ○
南側のゴルフ場の下。 ○
向山の南東側の山の古い工場の下。
いつか資金を調達して、
3D電波地質探査を行える日が来ることを夢見ています。
シュリーマンのトロイの遺跡の再現??